<シオカラとツクダニ/シオカラ視点>
母は優しい人だった。
家の離れに引きこもるようにして住んでいた母は、たまに私が遊びに来ると、窓際にもたれたままゆるりと顔をこちらに向けて微笑んだ。一方的に喋る私を見て、目を細めたまま小さく相槌を繰り返し、たまに私の、周りとは違う色素の薄い髪をすくっては「お前は父親似だね」と穏やかに呟いていた。
祖父も村人も皆私を嫌な目で見ていたが、母だけは唯一私に微笑みかけてくれた。
そんな母が私が5つの時に死んだ。自死だった。皆がばたばたする中訳も分からず家に閉じ込められていた私に、葬式を終え帰ってきた祖父が言った。
お前は生まれるべきじゃなかったと。
母は私が生まれる直前まで毒草を食べて、汚らわしいお腹の中にいるものを中絶しようとしていたらしい。
その後、毒草をたらふく食べた私は残念ながら死ぬことはなかった。
黄色い綺麗な花を摘んで、茎折り食む。口に青臭さが広がり、それと同時にじんわりと舌に痺れが広がった。自然の多いイズレーン皇国にはその分多くの毒草が生息している。国の人はそれを薬に使ったり、そのまま毒として使ったり、あるいは中絶薬として使っている。どこにでもある話だなあと思った。
「ここの毒草でも効かないんだなぁ」
感じるのは僅かな舌の痺れと草の味だけ。あまり美味しいとは言えない味に食べた事を後悔しつつも、もぐもぐと茎を咥えているとざくりと後ろて土を踏む音がした。
ツクダニだった。そういえば、一緒に野草摘みに来ていたんだっけ。
「シオカラ、お前はまた拾い食いを…」
言いかけて、私の食べている草を見て目を見開くと、いつものツクダニからは考えられない程素早い動きで、口に含んでいた茎を奪った。
「これは毒草だ、食ったのか?早く吐き出せ。今水を…」
「ああ、大丈夫大丈夫。私毒効かないから」
ツクダニの慌てように押されつつ、顔に当てられた手をはらって笑う。
私をおろそうと母が食べ続けた毒草のせいか、私は毒が効かない体質になっていた。皮肉な話だ。私を殺すために食べた毒草が、私から死ぬ手段を一つ奪っているんだから。
手をヒラヒラと振って大丈夫な事をアピールすると、ツクダニは何故か苦々し気に眉間に皺を寄せた。
「毒だとわかって食べたのか」
「ほら、毒草って言っても毒効かなきゃただの草だし。意外と美味しいんだよ」
「やめろ」
ツクダニの低い声がやけに重々しく響く。なんでこんなに真面目に止めるんだろう?大丈夫だって言ってるのに。困惑しながらツクダニを見上げると、なんだかツクダニは泣きそうな顔をしているように見えた。いや気のせいかな、無表情だからわからないや。
ツクダニはじっと私の目を見た後、瞼を伏せるように視線を落とした。手に持っていた茎を握りつぶし草むらに放ると、次の瞬間にはいつもの顔に戻って、黙り込んだままの私の手を取って言った。
「…シオカラ、あっちに食べられそうな野草があったぞ」
「ん、あ…そうだね、採りに行こう」
捨てられた毒草を目の端でちらりと見た後、私はツクダニに手を引かれるまま森の中を歩き出した。