<ツクダニ夢/ほのぼの>
季節の変わり目というのは日を境にがらりと変わって体に良くない。
紅葉の散り際を眺め油断していたところ訪れた冬の寒さに体を震わせつつ、動きの鈍くなった足を動かす。地面にはすっかり霜が降りており、草履で踏みしめる度にザクザクと割れ地面に沈んで行くのが面白かった。
夢中で霜を踏みしめながら歩いていると、ふと隣を歩いていたはずのツクダニさんが見当たらない事に気が付いた。慌てて顔を上げると少し先でこちらを見ながら立ち止っているツクダニさんの姿が。私より随分背の高いツクダニさんは、私がもたもた歩いている間に先に進んでしまい、途中でそれに気が付いて立ち止っていてくれたのだろう。
と、いう事は子供っぽく霜を踏みながら歩いているところをあの無表情でじっと見られていた訳で…
急に申し訳なさと恥ずかしさが込み上げ、巻いていた肩掛けに顔を少し隠しながらツクダニさんに駆け寄る。
「す、すいません…お待たせしました…」
「いや。…走ると危ない。ゆっくり行こう」
そう言って安心させるようにぎこちない笑みを小さく作ると、わかりやすくペースを落としてゆっくりと歩き出してくれる。先に行っちゃった事を気にしてくれているのかも知れない。わかりにくい優しさに小さく笑いつつ、私もそれに続いて歩き出した。
この我が家の食卓拠点からイズルミまでの道は、主に買い物や隊長であるシオカラちゃんが傭兵活動での指示を貰いに行くときに使われる。
春は小鳥の鳴き声が聞こえ木々のそよぐ音が心地いい最高のお散歩コースになるのだが、冬になると途端に冷たく音のしない道になる。
隣に入るツクダニさんもあまりお喋りしないしなぁ。
ちらりと横目で確認すると、寒さで僅かに鼻の頭を赤くした横顔が見えた。ざくざくと二人分の霜を踏む音だけが聞こえる。
視線を外し、沈黙を誤魔化すようにはぁーっと息を吐き出すと怪獣が吐き出す炎のように真っ白い息が空に広がって消えた。
さむい
ああ、やっぱり寒い。自覚したら一気に手足が冷えてきた。足袋を重ね履きしているとはいえ、無駄に霜を踏んで来た足は若干湿っていて既に芯まで冷えている。冷たくなった手を擦り合わせ息を吐きかけるも、温かくなるのは一瞬ですぐに冷たい空気に晒された。
「うー…手袋、持ってくれば良かったなぁ…」
「…大丈夫か?」
「えっ は、はい!」
うっかり口を零した言葉に、ツクダニさんが申し訳なさそうにこちらを見た。
「すまない、寒いのに買い物を手伝って貰って…今から家に戻ってもいいんだぞ」
心配そうに眉を下げるツクダニさんに、慌てて両手を振って答える。
「いえいえ!勝手について来たのは私だし…寒いのはツクダニさんも同じだから、任せてばっかりじゃ悪いですよ!」
「しかし…」
「ほら!子供は風の子ですから、大丈夫大丈夫!」
指先だけが僅かに赤くなった白い手をぐっぱっと動かしながら元気アピールをすると、ツクダニさんは納得したようなしてないような顔で黙り込んだ。
ふと足を止めるツクダニさんにつられて足を止める。
もしかして、このまま家に引き返すんだろうか…流石にそれはないよね?と黙り込んだままのツクダニさんに目で訴える。
相変わらず無表情のツクダニさんは、無表情のまま白くなった私の手をじっと見ると何気ない動作で手を取った。
「…んんっ!?」
骨ばった大きい手がすっぽりと私の手を覆う。日々の家事炊事で荒れたツクダニさんの手は冬の乾燥でさらに痛々しく、一見すると物凄い格闘技をやりこんだ人に見えなくも…ない。
しかし、手触りのいいとは言えない肌とは裏腹にじんわりとしたひと肌の温もりが骨まで冷えた私の手に心地よく染み込んだ。
「……あ。あったかい…」
「…名前の手は冷たいな」
呟いた私の言葉に、冗談めいた口調で答えるツクダニさん。一通り私の手に熱を与えた後、片方の手だけを包んだままツクダニさんはまた町の方に身体を向けた。
「早く行って、町で温かい茶でも飲んで行こう。」
いくぞ、と歩き出すツクダニさんに手を引かれるまま私達はまたイズルミに向かって歩き出した。刺すような冷たさの中、左手だけに温もりを残して。
…て、手繋いだまま…?