<ラクター+パンナ/ラクター視点/ほのぼの>
パンナ君と出会い、様々なものを得た。
ひとつは味覚。味気ない紅茶に味を感じるようになった。そのうち、彼女の作る食事のみであるが美味しいと思えるようになった。
次は心臓。生きたまま胸を掻っ捌かれでもしない限り、あってもなくても良い臓器であったが、今では当たり前のように脈を打っている。こいつは時々異常動作を起こす。
そして愛情。長い時を生き、その間男女問わず身体を重ねてみても、疑似恋愛をしてみても得られなかったものだ。
様々な事を教えてもらった。
不安感、焦燥、叫び出したい程の喜び、上げ出したらきりがない。
さて、最近その中の味覚に変化が現れた。
今日は二人で夕食の買い出しに来ていた。本来、食事が不要な私の分まで毎食律儀に用意してくれているパンナ君の荷物持ちくらいは引き受けるのが当然だろう。
まだ昼過ぎだと言うのに、国の中心部にある市は人が賑わい活気に溢れていた。
日常的に行われる契約の場でもある市場を私は中々好んでいる。威勢の良い物売りの声を聴きながら、ゆるりとパンナ君の後をついて歩いていると、とある店の前で声をかけられた。
「ちょっとそこののっぽなお兄さん!」
「…私の事かな?ご婦人」
「あらやだ、女の人だったの?えらい男前がいると思ったからつい!」
振り返る私に、声をかけた恰幅の良い女性は豪快に笑って誤魔化すように手を振った。
まあ、この長身でこんな身なりをしていればよくある事だ。
そう足を止めていると、先に進んでしまっていたパンナ君がこちらに気が付き戻ってきた。
「どうしたんですか?ラクターさん」
「ああ、すまない。少し呼び止められてね」
「あらあら、妹さん?良かったら貴女も試食していきなさいよ、ほらっ!」
そう言って取り出された爪楊枝の先に刺さっていたのは、茶色い液体に浸けられた丸い半透明の物体だった。
見慣れない食べ物に、思わずまじまじと観察してしまう。
試食、というからには当然食べ物だろう。だがこれはなんだ。
同じく見るのは初めてだろうパンナ君は、目を丸くしつつも笑顔でそれを受け取っている。無警戒だと思いながら、私も半ば押し付けられるように受け取ってしまった。
「これは何かな」
「玉蒟蒻よ、知らない?うちのは美味しいわよ~、特製の出汁と醤油でじっくり煮込んであるからね」
「へぇ、本当だ。良い匂い」
婦人の言葉を聞き、パンナ君は興味をそそられた様子だ。確かに、醤油の香ばしい香りがする。
だが嗅覚を模倣したからと言って、それで無い食欲がそそられる訳でもない。正直、パンナ君以外の料理に興味はない。
早くも目の前の物体に興味を失いつつ、それでもパンナ君が喜んでいるのなら良いかと、無意識に彼女を見た。
「おやつにしても、夕食の一品加えてもいいわよ。まあとりあえず食べてみて!」
「はい。それじゃあ、頂きます」
愛想笑いにしては僅かに声を弾ませ言うと、パンナ君は楽し気に目を輝かせながら茶色く艶やかなそれを眺めてから、口に運んだ。
小さいそれを一口で収めると、パンナ君は僅かに目を見開いた。
何か、変な物だったんだろうか。不安になり声をかけようとすると、途端に綻んでいく顔。
ゆっくりと口の中の物を噛みしめ、名残惜し気に喉に通すとほうと感嘆の溜息をついた。
私が言えた事ではないが、パンナ君はあまり表情豊かな方ではない。普段は物静かで、声を荒げる事も滅多になく、心からの満面の笑みを見せてくれる事も稀である。
彼女はとても素直な子なのだと思う。感情が動いた時にしか表情を見せない。
だからこそ、私は彼女の表情が変わる様が好きでもある。今のように
「凄い美味しいですよ、ラクターさん!ラクターさんも食べてみてくださいよ!」
花が咲くような笑みで無邪気に笑う彼女を見て、失っていた興味がまたふと、戻ってきた。
彼女の心を揺るがせたものを共有したくなったのだ。
少し爪楊枝の先の丸い物体を眺め、勧められるがままそれを口に含む。
「…ふむ」
驚いた。
歯に伝わる弾むような弾力も、浸み出る醤油をベースにした味付けも、じんわりと口の中に広がっていく。
ああ、これは
「ね、美味しいですよね!」
「…ああ、とても美味しいよ」
楽し気に笑うパンナ君に、私は笑みを返して頷いた。
君と居ると、私の世界はどんどん広がっていく。