ツクダニが部隊に入る事になったきっかけ
<ツクダニ視点>
俺がシオカラに拾われてから一月程が経った。
どうやらここは俺が知っている世界ではないようだ。妖怪の代わりに怪物が蔓延り、五つの国が対立し戦争をしている世界。俺はその中のイズレーン皇国という国にいるらしい。木造の家に豊かな緑、一見俺がいた世界と似通るところもあるが、よくよく見れば建物の構造や文字、そして行きかう人の服装などが違うのがわかる。
ここは本当に異世界なのだな。どうでもいい事だけど。ぼんやりと窓から見える森を見る。外はひどく穏やかな空気が流れていた。
「ご飯だよー」
物思いにふけっていると、一声も無しに部屋の扉が開かれた。両手に器を持ったシオカラは器用に部屋の扉を閉めると、布団の隣に座りこみ器をこちらに寄越した。野草と米を煮た粥のようなものがほくほくと湯気を立てている。
「…有難う。頂く」
両手を合わせ、お世辞にも食欲をそそる飯とは言えないそれを口に運ぶ。野草の青臭さが口いっぱいに広がり、噛みしめる米は芯がしっかりと残っていた。自分も、貧乏暮らしでろくな食事はしてこなかったと思っていたが、これも戦禍の影響だろうか。
味のよくわからない粥を無理矢理胃に流し込む。暫くして空になった器にレンゲを戻し、礼儀として小さくお礼を言うと、既に空になっていたシオカラの器を受け取って布団から這い出した。
「まだ寝てた方がいいんじゃない?」
「…いや、もう大丈夫だ。世話になりっぱなしでは申し訳ない。皿洗いくらいさせて貰う」
一応命の恩人だ。これくらいで礼になるとは思わないが、何もしない訳にはいかない。久しぶりに立ち上がったからか、ふらつきながら台所に向かう俺に、シオカラは興味無さ気に「ふーん」と一言呟いた。
寝室から出て(ここは屋根裏らしい)一階に降りると、小さなちゃぶ台がぽつんと置かれただけの寒々しい居間が見える。部屋の端には埃が積もっている。あまりこの部屋は使われていないようだ。そこを抜け、調理跡が残る台所に立つと汲み置きしてあった水に手を付ける。
「…この水は井戸から?」
「いや、川から汲んで来た水だよ。水源はいっぱいあるから水は好きに使っていいよ」
シオカラはこちらを見ないままそう言うと、居間に腰を下ろし黙々と斧の手入れを始めた。手慣れた様子で整備されていく斧には、ところどころに血痕が付着している。確か、シオカラも兵士をしていると言っていた。一見妹とそう年も違わない少女なのに、武器を持ち戦争に出て、帰ったらこの寒々しい部屋で一人食事を摂っているのか。
(…俺が深入りしても仕方ない)
深く考えこまないようシオカラの背中から視線を外し、皿を洗い始める。ついでに使われた後のある包丁やまな板、鍋など周りの物を片付け調理場を濡れ手ぬぐいで磨くと、半刻程した頃には小奇麗になった台所が完成した。
久々に動き若干滲んだ汗を拭いながら、ついでにとシオカラに尋ねる。
「…あの料理はお前が作ったのか」
「ん?うん、そうだよ」
「今日の夕食は俺が作っても構わないか」
「え、いいけど…」
作れるの?と言わんばかりに赤い瞳をこちらに向けるシオカラ。一応許可は貰ったと、台所に向き直り備蓄を調べる。
床下のひんやりとした室の中に玉葱や牛蒡、白菜とほうれん草などが少量詰められている。別の世界だから名前は違うかも知れないが、見た目は近いし多分使えるだろう。それと魚の塩漬けに干物が数点と米。調味料が醤油、味醂等。普段から醤油を使うのか、大瓶に入れられた醤油だけ減りがやたらと早かった。だがこれだけあれば十分まともな物が作れるだろう。
まだ夕食には時間があるが、早めに作り始めてしまおう。
窯に薪をくべ、磨いだ米を鍋にかける。同時に塩抜きをしていた魚を湯にさらし、鍋に調味料を加えて味が染み込むようにじっくり煮出す。シオカラが作る料理は主に米と動物肉を煮たものばかりだったから、野菜もきちんと加えておこう。ほうれん草や干し椎茸を湯で、煮汁と一緒に頂こう。煮魚も大分味が染み込んだようで、蓋の間から甘い醤油の香りを上げ、炊き上がった米は真っ白く艶々と輝いている。
そう言えば、料理を作るのもいつ以来だったか。妹が風邪で伏せていた時はよく作ってやっていた。ぼんやりとした頭で思い出す。
「いい匂い~…」
と、匂いを嗅ぎついたシオカラがいつの間にか背後まで迫っていた。腹の脇から顔を出し、鍋に顔を近づけて鼻をひくつかせている。
「ねぇねぇ!もう出来た?早く食べようよ!」
「……いや、まだ夕飯には早いから」
「だって匂い嗅いでたらお腹が空いた…」
ぐぅぅと唸る腹を摩りながら、参ったように眉を下げるシオカラ。こんなシオカラの表情は初めて見た。出会ってからずっと、つまらなそうな作り笑いしかしていなかったから。食べ物を見て目を輝かせた時の表情が、何となく妹と重なった。窓の外を見てみると、太陽はまだまだ高く上がっている。俺は少し考えた後、小皿に煮物の切れ端と炊けた米を小さく握ってシオカラに差し出した。
「…じゃあ、味見をお願いできるか」
「うん!」
いただきまーす!両手を合わせて、食いつくように皿を受け取るシオカラ。箸で柔らかく煮えた魚を掴み熱いうちに口に放りこむ。
黙って魚を噛みしめながら、笑顔だったシオカラは上がっていた頬を下げ静かに目を伏せた。…不味かったのだろうか。
「…口に合わなかったか?」
「や、違う」
どこか唖然としたような、不思議そうな表情で皿に視線を落とすシオカラ。
「美味しいよ。ただあまり食べた事ない味だったから」
料理上手なんだね。と一言言って、次の瞬間にはまた愛想笑いのような表情に戻って握り飯に手を付けた。念の為自分でも味見をしてみたが、そんなに変わった味にはなっていない。うちでは普通の味だったんだが、やっぱり別の世界の住人だからだろうか。シオカラは複雑そうな顔をしていた。
その日の夕食時だった。俺がシオカラに「部隊に入らないか」と誘われたのは。