<パンナ視点/ほぼ独白>
私は人に対してあまり興味が無いのかも知れない。
小さい頃から実家で働いていたからそれなりに社交性はあるつもりだし、近所の人とも仲良しで、小さい町だったから幼馴染って呼べるくらい、古い付き合いの友達だって沢山いた。
友達も近所のおばさんおじさんも皆好きだったし、自分と仲良くしてくれて日頃から感謝もしていた。家族仲だって良好だった。不器用だが豪快で明るい父に、厳しくも優しい母に囲まれ楽しく過ごしていた。
なのに、冒険者を見て以来私の頭から「それら」は全て抜け落ちてしまった。家を出るとき、何か一言残した方がいいんじゃ、とすら思わないくらい。
冒険者になってからも、何人かの人とパーティーを組み、外されを繰り返してきたが、どれもかろうじて顔を思い出せるくらい。なんでだろう、はじめは良好な関係を普通に築いていたはずなのに。
ガレットさんとパーティーを組んでからは、探索やクエスト処理も安定し、友達と呼べる人も何人か出来た。皆困っていたら助けてあげたい、大切な友達だ。それでも、300年後のブリアティルトに飛ばされてきてから強く「元の場所に戻りたい」と思うには足らなかった。
薄情だと自分でも思うけど、人間関係は私にとって刺激にはならないものなんだろう。
ラクターさんと会った時もそうだった。出会った時の事は曖昧だけど、確か向こうからダンジョン探索に同行させてくれないかと声をかけられた。
初めは本当に冒険者かと疑うくらい身なりが良くて美形だなぁと思ったりもしたけど、話してみるとまあ、甘い褒め言葉ばかり。あまり褒められていない私はむず痒く思いながらも「なんか変わった人だなぁ」程度に思っていた。
何度かダンジョンで一緒に探索したあと、二人で他愛のない話をしたりした。まあ、同じ冒険者として、いつも通り良好な関係を築こうとしてたと思う。
300年後に飛ばされた時、そこにいたのは驚いたし、知り合いに会えたことに安心感は覚えたけど、正直街中でばったり出くわした程度の感覚だった。
つまりラクターさんは私にとってそこまで重要な人物ではない、ただの他人だった。
皇国の仮拠点としてラクターさんの事務所の一部屋を借りてから暫くして、いつからだろう。やたらとラクターさんの目が見える事に気が付いた。
というか、視線がやたら合う。
前からこんなにじっと人を見る人だったろうか。会話をしているときは当然、お互い目を合わせては話しているけど、それとは違う視線。
例えば今のように、のんびりお茶をしている時。
一個目のお饅頭を食べ終えお茶を啜り、口の中に広がる苦味が餡子の甘さと混ざり、ほっと一息をついた時。お皿に残るほぼ私しか手の付けていないお饅頭に手を伸ばした時。ふと顔を上げるとラクターさんの目が見える。
会話している時には常に見ているはずの見慣れたその青い目が、
今までなら特に記憶に残る事のなかったその目がやたら鮮やかに見えて、頭に焼き付く。
ラクターさんは、こんな表情をして人を見る人だったかな。いや、表情自体はいつもと同じ綺麗に微笑んだ顔なんだけど。
「…あの、ラクターさん?」
声をかけると、ラクターさんは我に返ったように瞬きを一回し答えた。いつも通りの目だ。
何となく安堵し息を吐き、そのまま他愛のない会話を続ける。
ただの他人だったはずのラクターさんの目が少しだけ気になった。