<ソルト視点/ソルトとシオカラ>
探索に出ていた我が家の食卓一行は、迷子になったり謎の敵に苦戦したりなんやかんやあり、その夜、森での野宿を強いられていた。持ってきていたのは水と食糧とレジャーシートだけ。テントも毛布もなかったが、幸い季節は冬に終わりを告げる頃で、肌寒いながらも凍えて寝られない程でもなく。
また空も見渡す限りの星が輝いていて、これなら雨が降る心配もなさそうだと、ソルトは安堵した。さすがに、三人仲良く風邪を引くのは御免ですからねぇ。
そう頭の中で呟いた後に、いや、シオカラさんなら大丈夫か、といつもの飄々とした顔で笑う、小さな隊長を思い出して苦笑した。
「じゃあ、四時間後に起こしますからね。」
「ああ、頼む。」
「おやすみー」
質素で味気ない夕食を食べ終え、念のため火の番を決めて眠りにつく。
順番は、早い時間に眠れないという理由で、僕が最初。次がツクダニさんで、きっちり八時間眠らないと起きれないシオカラさんが最後だ。
なんとなく、ツクダニさんはシオカラさんの番が来ても、一緒に付き合って起きてるんだろうなぁと思うけど。
なるべく平なところを選んだとは言え、地面にレジャーシートを引いただけの、でこぼこした場所で、文句も言わずに眠りに入る二人。多分こういうところで寝るのにも慣れているのだろう。あたりが静まりかえり、二人が眠ったのを確認して、僕は一日の疲れを吐き出すように小さく息をつき空を見上げた。
こんな状況でもなければ素直に感動出来るほどの、満天の星空が見える。耳には虫の鳴き声や優しい夜風、時々火の粉の爆ぜる音が聞こえてきて、心が和んだ。
こういう一人の時間は嫌いじゃない。みんなとわいわいするのも嫌いじゃないけど、この時間はとても愛おしく思える。
(みんな、)
みんなと頭の中で呟いて浮かんできたのは、この世界に来る前に共に旅をしていた仲間達だった。もう一年も経つのかと、行方どころか生存すらわからない仲間を思い出して目を閉じる。最後に見た仲間の姿は、血を流し力なく倒れていたところだった。
あれから一年
それでもあの人達の心配は微塵もしてなかった。多分信頼してるのだろう、これでも。そう思えてる自分がなんだか薄情なような、可笑しいような気がして少し笑った。
「どうしてますかねぇ、・・・勇者さん」
ぽつりと呟いた言葉に、わずかだが、寝ているはずのシオカラさんが反応した気がした。
見てみると、シオカラさんはさっき寝たのを確認した時と変わらない体勢で、こちらに背を向けるような形で寝ていた。
「シオカラさん?起きてるんですか?」
「あー、うん」
なるべく優しく声をかけると、シオカラさんはさすがに気まずそうに身体をごろりとこちらに向けた。その反応が少し意外な気がしてまた笑う。
「早く寝ないと、火の番が来たときに起きれませんよ?」
「んー、私もそう思ったからさ。いっそのこと起きてようかと思って。」
中途半端に寝ると起きられないからさ、といつもより低めのトーンで言う。さすがに疲れているのだろう。身体はこちらに向いているものの、目はぼんやりと橙色の火を見つめていた。
多分これは言っても寝ないんだろうなぁと、言葉を飲み込む。暫くまた夜の静けさが辺りを支配した。
沈黙に誘われる眠気に堪えきれなくなったのか、シオカラさんは唐突に言葉を発した。
「ソルトさんって旅慣れしてるよね」
「あら、何故ですか?」
「だっていつも見た目に気を使ってるわりに、こうやって地面に座り込んでても気にしないし。さっき火起してた時も手慣れてる感じだったから」
「ふふ、そうですね。正解です」
正解と言われて嬉しかったのか、シオカラさんは赤い目を細めた。
今回は手動で火をおこしたけど、前の世界で野宿した時は魔法で薪を燃やして暖をとっていた。この世界に来て魔力が封じられて、もう火も起せなくなってしまったけど。
そう何となく語れば、シオカラさんは世間話でも振るように僕に尋ねた。
「ソルトさんは、前の世界で何をしてたの?」
「そうですねぇ・・・世界征服を企む魔王を退治するために勇者様と旅をしていました」
「へぇー」
冗談めかしてそう言えば、シオカラさんはそれを素直に飲み込んで目を少し輝かせた。そのまま、寝る前のお話をせがむ子供のように魔王の話に食いついた。
別に隠すほどの事でもないので、僕も物語を読み聞かせるようにゆっくりと、昔の事を話した。
いきなりやってきた魔王の事、勇者さんとの出会い、仲間の事、旅で起きた事、そして最後にどうして自分がここに来たのかを。
シオカラさんはそれを、晩ご飯の献立でも聞くように、適当に相づちを打ちながら聞いていた。
「・・・その仲間は今どうしてるの?」
「さあ。どっかで死んでるかも知れませんね」
「ふぅん」
どっちにしろ、僕は帰らなくちゃいけない。あの勇者さんが死んでいるなら尚更。長い長い時間を掛けて一緒に過ごした事、学んだことを忘れないためにも。その言葉は、口にしないで胸にしまっておいた。
かわりにシオカラさんに話を振る。
「まあこの世界で戦い続けてれば魔力も溜まるでしょう。異世界に渡れるだけの魔力が回復すれば私は元の世界に帰ります。シオカラさんはどうするんですか?」
お世話になった恩もありますし、元の世界に送ることも出来ますけど。と付け足す。
シオカラさんは少し僕を見てから、考えこむように唸って仰向けに寝転がった。
「いいや。また黄金の扉が開けば、勝手に飛ぶこともあるだろうし」
「・・・それじゃあ元の世界に帰れないかも知れませんよ?」
「いいんだ」
そう言ってまた僕の方に身体を向けてにっこりと笑った。
シオカラさんの前の世界での出来事なんて僕は知らない。何故シオカラさんがこんなに楽しそうなのか僕にはわからなかった。
月も真上に上がった頃、空気も段々冷えてきたのかさっきより冷たい風が火を揺らす。チロチロと燃えて空に上がっていく火を見ながら、シオカラさんはまた眠そうに目をこすった。
「私、楽しいと思ったんだ。戦うのとか、新しい景色を見るのとか。前はあまりなかったから、今とても楽しいんだ」
眠気で頭が回らないのか、たどたどしい口調でぽつりぽつりと言うシオカラさん。
僕はそれを、何も言えず黙って聞いていた。
「・・・それに、ここは・・・・・・」
目をゆっくりと閉じたシオカラさんは、次の言葉を紡ぎ終える前に夢の世界へ旅立っていった。
僕は一度シオカラさんの名前を呼んで、返答がないのを確認すると、寒そうに丸められたシオカラさんの身体に羽織っていたマントをかけた。
そろそろ春とは言え、この手足を惜しげもなく露出した格好は寒そうだ。シオカラさんのいつもより幼く見える寝顔を見て笑う。
シオカラさんは自由な人だ。
それだけ、縛られる大事な物がなかったのだろうと僕は思う。
シオカラさんは、元の世界で大事な物が出来なかったんだ。淡泊に育ったのだってきっと。
一番すれていた時の、人との関係を拒絶していた時の自分を思い出して少し重ねた。
「・・・・・・大丈夫ですよ」
生きていれば大切なものなんて沢山出来るから。有りすぎて困るくらいに。
僕はいずれ元の世界に帰ってしまうけど、その日まではここで、この部隊でシオカラさんも見守って行けたらと思った。
そこで狸寝入りをしている誰かさんと一緒に。