イズレーンの森の中にある原っぱ。いつもは穏やかな空気が流れるそこは、今は殺伐とした雰囲気が漂っていた。空を見上げれば、灰色の雲が不気味に広がっていて、風はまるで、私の荒れた心の中を表すように吹き荒んでいる。
目の前で威圧感を発しながら立っているソルトさんは、風で黒いマントをはためかせながら、緑色の目で私をとらえ、ほくそ笑んだ。
「よくぞここまで辿り着きましたねぇ・・・その執念深さには感服しますよ、シオカラさん」
「・・・・・・やっと見つけたよ、ゲーテ!」
「おやおや」
もう昔のようには呼んでくれないんですねぇ、と、わざとらしく悲しんだふりをするソルトさん。その仕草に、昔ソルトさんと、ツクダニと一緒に生活していた時のことを思い出して、胸が痛んだ。それと同時に、疑いようもない、憎しみの念がこみ上げてくる。
私はぎりっと、手に持っていた斧を強めに握ると、大きく振りながらソルトさんに向かって刃を向けた。
「今度こそ、貴様を倒す!」
「ふふっ・・・ ・・・小娘風情が」
嘲るような低い声で呟かれ、私達の殺気に反応したかのように、一層強い風が吹いた。
それを戦闘開始の合図に、私は駆けだした。一気に間合いをつめ、立ったまま指一本動かそうとしないソルトさんに向かって、躊躇いなく斧を振りかぶる。
当たる!
「・・・来なさい」
斧がソルトさんの首をはねようとした瞬間、黒い光がソルトさんの右手から放たれた。
斧の攻撃が見えない壁に阻まれ、勢いの付いた斧はそのまま、攻撃がはね返されたかのように弾かれる。そのまま、後ろに吹っ飛んだ私が見たものは、ソルトさんを守るようにして立っている三体の大きな黒い影だった。
(くそっ障害型・・・!!)
一緒に戦っていた頃、よく見ていたからよくわかる。
闇から創り出されたようなソレは、頭の大きな人のような形をしていて、木の幹のように太い手足は、そう簡単には倒せないだろうことを感じさせた。
出来ればあれを出される前に倒したかったのに。
舌打ちをしながら砂埃を巻き上げて着地をすると、間髪いれずにまた突撃する。
「さあ、行きなさい。私の可愛い僕たち」
ソルトさんの声に反応するように、黒いソレは、口を大きく開くと野太い咆哮を上げた。
太い腕が勢いよく振り下ろされ、地面が砕ける。突進の勢いを止められた私は、そのまま高く跳ね上がり、障害型の腕に飛び乗ると、顔に向かって駆け上がった。
「ッうらぁ!!」
黒い表面にぎょろりと付いている目に斧をたたき込むと、障害型は悲鳴を上げて膝をついた。
そのまま頭の上に着地した私を叩きつぶそうと、仲間の障害型が二人がかりで襲いかかってくる。
重く風を切る音。下ろされた拳をぎりぎりまで引きつけてかわすと、足場になっている障害型が嫌な音をたてながら潰れた。
周りに黒い肉塊が飛び散り、暫くして黒い粒になって消えていく。
(よしっまずは一体!)
そう安心したのも束の間。
地面に足をついた瞬間、障害型の蹴りが跳んできたのだ。目の前に迫る大きな足にさすがに焦り、咄嗟に斧を盾にすると、勢いに任せて身体が吹っ飛ぶ。腕が一瞬、感覚がなくなったように痺れ、内蔵に蹴りの衝撃が伝わり息が詰まった。
空高くまで飛ばされ、崩れた体制を斧の重さを利用して立て直す。下では、障害型二体が私が落ちてくるのを待ちかまえていた。
「馬鹿が・・・」
血の味が広がる口元を歪め、握りしめた斧を高く振り上げる。
「喰らいやがれ、必殺・・・・・・!!」
技名なんてないけどね
落ちる勢いを利用して落とされた攻撃は、受け止めようとした障害型の腕と胴体をぶった切り地面に轟音を立てながらめり込んだ。
さすがに腕が痛む。
きしむ骨を無視して、斧を地面から勢いよく引っこ抜くと、ちょうどよく後ろから飛びかかってきた最後の障害型に当たった。黒い体液が降り注ぐ。障害型が三体沈黙し、蒸発したのを見届けてから、斧についた液体を静かに振り払った。
「・・・さあ、残るはお前だけだね」
「ふっ・・・くく、っはははははは!!いいでしょう、お相手しますよ!」
ボス戦が始まった。
懐から札を取り出すソルトさん。護符なんて生やさしいものじゃない、怨念に近い闇の力が籠もっている気がした。それをナイフでも投げるように放つと、札から黒い炎があがり、加速して私に向かって飛んでくる。
「くっ・・・!」
魔法が苦手な私には、それをただ避けるしかなかった。私を掠めて地面に落ちた札は爆発し、黒い炎で原っぱをパチパチと燃やした。
あれに当たったらさすがにヤバイ・・・!
「さすがの貴女も当たったら一溜りもありませんよ?やめておきますか?」
「・・・ッ誰が!」
当たって駄目なら、札を出される前に蹴りを付ければいい!
魔法での中距離攻撃を得意とする分、ソルトさんは体術や接近戦が苦手だった。そこを叩く!
「おっしゃぁッ!!」
真っ正面から突撃し斧を振るう。
そんな私に、ソルトさんは呆れたように目を細めた。
「また突撃ですか・・・芸がないですねぇ」
斧が当たる瞬間、またしても攻撃がせき止められる。バチバチと黒い光を発する斧の先を見ると、紙切れであるはずの護符が刃を防いでいた。これも魔法の力か!
「仕舞いです」
「うぁッ!」
がら空きになった私の身体に護符が触れると、がくんと力が抜けた。
落としかけた斧を慌てて掴み直し膝をつく。目の前で、いつものように朗らかに笑うソルトさんをにらみ上げるも、さっきのように力が入りそうにもなかった。
「諦めなさい、貴女は私には勝てませんよ・・・」
「・・・・・・いや、まだだ!!」
「っ!?」
膝をついたままだが、下からソルトさんの足を叩ききるように斧を振るう。
動けないと思っていた私からのいきなりの攻撃で驚いたのか、ソルトさんは一瞬身体を硬直させた。しかしすぐに正気に戻ると、後ろに後退しあっさりと攻撃を避ける。
「無駄だと言っているでしょう・・・!」
再び札を構え直すソルトさん。だが、それでいい。
私は、空振りに終わるかと思われた斧の向きを少し下にずらすと、そのまま地面を削るようにして振るった。舞い上がった土がソルトさんの目を潰す。
「ぐっ!?」
力を奪われた身体に鞭を打って、跳び上がる。視界を奪われたソルトさんのみぞおちに向かって頭突きをすると、ソルトさんは少し後ろに転ぶように飛ばされた。早く、目を封じている今の内に次の攻撃を仕掛けるんだ!
そう体勢を立て直した瞬間、ぞわりと肌が粟立った。
飛ばされ膝をついたソルトさんが、笑っている
「くっくく・・・初めてですよ、私をここまでコケにしてくれたお馬鹿さんは・・・・・・」
さっきより強い威圧感を感じる。違う、ここからが本気だったんだ!
ゆらりと立ち上がるソルトさん。それに合わせて、ソルトさんのマントから無数の札が一列に並ぶように出てきた。
宙を踊り、ソルトさんの周りを囲うようにして出てきた札の数は、数十枚かそれ以上の桁か
(あれを避けきる?無理だ)
瞬時に悟った。あの札一枚にでも触れれば私はやられる。だけど。
私はついていた膝を持ち上げて立ち上がった。逃げる為じゃなく、戦うために。
「私が倒れるのが早いか、」
「僕に攻撃があたるのが早いか・・・勝負、という事ですね」
お互いに見つめ合い笑う。恐怖はまったくなかった。
「・・・・・・いくよ!!」
「・・・来なさい」
斧を構え、雄叫びをあげながら私は突っ込んだ。さながら打ち切り漫画の最終回のごとく。
ご愛読有難う御座いました!
「・・・・・・・何をしてたんだ、お前ら」
二人が中々帰ってこないのを心配し、ツクダニが探しに行った先で見た物は、荒れ果てた野原と、その真ん中で傷まみれになりながらも、楽しく談笑している二人の姿だった。
ツクダニの存在に気がつくと、二人は悪戯気に微笑んで声を揃えてこう言った。
「「 宿敵との最終決戦ごっこ! 」」
楽しそうに笑う二人を見て、ツクダニは疲れたようにため息をついた。