長かったもの
<ツクダニ視点>
ダンジョンから脱出し、外に出ると空はとっくに暗くなっていた。あっという間なようで、意外と時間をかけていたらしい。
家に辿り着くと、ソルトは風呂に入り飯も食べずに眠ってしまった。顔には出さないがアイツも相当疲れていたのだろう。
シオカラもシオカラで、適当に飯を掻き込むと挨拶もそこそこに、さっさと部屋に戻っていった。シオカラの事だから、小松菜の手入れでもしているのかも知れない。なんだかんだ言って大切にしていたから、一週間も手元になくて寂しかったのだろう。
俺もそのまま寝てしまっても良かったのだけれど、何となくそんな気分になれず、気まぐれに、夜風にでも当たろうと外に出た。
そこら辺の木の根に適当に腰かけ空を見上げる。
町はそれこそ見慣れない建物が沢山あり、異世界に来たことを実感出来るけど、森の中にいると元いた世界の事を思い出す。土の匂い、木の匂い。
木に囲まれた村で、昼間は畑仕事をして、家族と食事をとって、夜は仲間と酒盛りをして。
ぼんやりとそんな生活を思い出しながら、俺は何気なく左腕に触れた。
「ツクダニ?」
呼ばれ上を見上げると、二階の屋根裏の窓からシオカラがひょっこり顔を出していた。
シオカラは窓枠に足を駆けると、「よっ」と掛け声とともに二階から飛び降りた。そのまま、音もなく軽々と着地する。
というか、裸足で出てきたら風呂に入った意味ないだろ。
言われて、今気づいたように頭を掻いて笑うシオカラ。
裸足のまま立たせておくのも忍びなかったので、木の根に座らせ手ぬぐいと靴でも取って来ようと席を立つ。シオカラに裾を掴まれて阻止されてしまった。
「ねぇ、眠れないの?」
シオカラの問いに少し首をひねる。
さっき左手触ってたから、と言われ目を瞬いた。
「いや、今日はちゃんと寝る。
ただ、ずっとつけていたものがないと違和感あるなと思ってただけだ。」
「ふぅん」
俺の言葉に、納得がいかない雰囲気で答えるシオカラ。裾を掴む手に力が籠められ、強めに引かれると、強引に木の根の上に座らされてしまった。
なんだ?少し驚いてシオカラを見ると、シオカラは森の奥を見たまま口を開かない。
俺が言うのもなんだが、シオカラは意外と無表情な奴だ。楽しく笑っているか、戦闘の時に高揚しているかくらいで、負の感情は微塵にも出さない。
だが、こいつのこんな顔ははじめて見る。拗ねているような、落ち込んでいるような顔。
最初は何を考えているか読めないシオカラを不気味にも思ったりしていたが、今ではシオカラのこんな新しい表情を見る度に、少し嬉しく思ったりする。
鉄枷の事に引け目を感じているのか、気を使ってくれているのか。
シオカラに大丈夫だと伝えるにはどうすればいいだろう。俺は少し迷って、口を開いた。
「…あの枷」
「?」
「俺が親友を手にかけたとき、つけられた物なんだ。」
シオカラがちらりとこちらを見た。
「前、俺が住んでいたところは妖怪だらけだって話したな。そこで俺は妹と二人暮らしをしていた。妹は病弱で薬代もかかったが、良家の出だった親友に支援されて貧乏ながら何とか生活していた。だけどある日、親友が妖怪に取り憑かれた。気づいたときには目の前で妹が親友に食われているところだった。」
茫然と妹が食われていく様を見てから、俺は親友に手をかけた。
親友は村を守る兵士をしていた。ある妖怪退治で一人生き残ったとして一躍英雄になったが、その時すでに妖怪に取り憑かれていたらしい。豪族や村人達をひっそりと消していき、挙句自分の家族にも手を駆け、そして俺のところに来た。
一度英雄に仕立て上げた兵士が、実は妖怪を村にいれていた。そう村人に知れては上の者も名前に傷がつくと思ったんだろう。たまたまその場にいた俺を事件の犯人にしたてあげ、処刑する事にした。
その事に別に怒りは覚えなかった。
何故親友が壊れかけていることに気付いてやれなかったんだろう、と、もっと早く気づいていれば妹もこんなことにはならなかったのに。とそればかりを考えていた。
最後に、正気を失った親友が俺に助けを求めてきたあの言葉が、ずっと忘れられなかった。
という内容を大まかに端折って伝えてから、俺は一息つくようにシオカラに視線を戻した。
「他人に責められて、手っ取り早く俺のせいにされるのはとても気が楽だった。…結局死刑になる前にこっちに来ちゃったけどな。」
自嘲気味にそう言うと、今までずっと黙って聞いていたシオカラは困ったように目を細めた。
「やっぱりMだね、ツクダニは」
「…そうかもな」
この誤魔化し方は、シオカラが反応に困ったときにするものだ。俺は少し可笑しくなって小さく笑った。多分シオカラは共感なんてしないだろう。同情するのでもなく、慰めるのでもなく、怒るでも引くでもない。ただの世間話として聞いてくれるそんなシオカラだからこそ、ついて行こうと思えたのかもしれない。そう思う辺り本当にその気があるんじゃないかと考えたけど、すぐに考えることをやめた。
また暫く沈黙が流れた後、シオカラが俺の左腕に視線を落とした。
「枷、ねぇ………あっ」
何かを思いついたように声をあげると、シオカラはいきなり自分の腕についていたミサンガを解いて俺の左腕を乱暴に引いた。
そのまま、何も言わずに俺の腕にミサンガを結びつける。
「…これは…」
「ミサンガ!何もついてないと違和感あるって言ってたでしょ?それあげるよ」
ミサンガって、確かつけるときに願い事をすれば切れた時に叶う奴だっけか。どこの世界にもあるものだな、こういうおまじない。
でも、途中で解いたら意味ないんじゃないか?
そう尋ねると、シオカラはそうだっけ?と小さく首を傾げた。この様子だと、自分が何をお願いしたのかも覚えていないようだ。
「んー、じゃあ、ツクダニが代わりにお願いすればいいよ」
「俺が?」
興味もなさそうにあっけらかんと言うシオカラ。
俺は自分の左腕に巻き付いたミサンガを指でなぞった。赤と茶色の麻紐で編まれたミサンガは、男の俺には少々可愛すぎるな。
ミサンガに指を這わせたまま目を閉じ、少しして目を開けた。
「……ありがとう、シオカラ」
シオカラの頭の上に置いた手は、やっぱりはじかれた。