それなりに長いもの
<ソルト視点>
ダンジョンに足を踏み入れてから一時間程で、僕達は目的の最奥部に辿り着いていた。
驚いたのは、あのシオカラさんがトラップにも引っかからず、モンスターとの遭遇も巧みに潜り抜けて、真っ直ぐここまで辿り着いたという事だ。
何度も訪れた事のあるダンジョンなので道は覚えていたにしても、モンスターの気配を読めるならなんで前回はあんなにエンカウントしたのだろう。
もしかして、今までのトラップ発動やモンスターとの遭遇は全部わざとだったのだろうか。
…シオカラさんならあり得る。
「ダンジョンの醍醐味は宝じゃない!トラップとモンスターだ!」
いつだか、何処ぞの勇者様が言っていた台詞を思い出して僕は人知れず苦笑した。一応目印にと通ってきた道に札を貼ってきたのだけど、どうやら無駄になりそうだ。
「ついたよ」
先頭を歩いていたシオカラさんが不意に足を止めた。
手に持っていたランプを掲げるように前方に出すと、最奥部の入口が姿を現す。
携えていた斧を肩に担ぎ直すと、シオカラさんは確かめるように目配せしてから歩き出した。
独特のひんやりとした空気と共に、鼻が曲がるような異臭が漂ってくる。
ランプの灯りが行き届かない程広い洞窟内は、前回来た時よりどことなく、剣呑な雰囲気を感じさせた。
それは目の前を歩いているシオカラさんのせいだろう。
近所に散歩でもしにいくかのように足を進めながら、じりじりと殺気を垂れ流すシオカラさん。
前回、ここに置いてきてしまった小松菜の代用品として持ってきた斧を握りしめながら、真っ直ぐ一点だけを見つめている。
ドラゴンはそんな殺気に気が付いているのか、姿を現そうとしない。またどこからか襲うタイミングを計っているのかも知れない。
「とりあえず、小松菜を回収しなきゃね」
どこに落としたのか辺りをつけているようで、シオカラさんは迷いない足取りで進んでいく。
まあ、あまりドラゴンの事を警戒しても仕方がない。緊張が伝わってドラゴンが出てこなくなるだけだ。
(暫く様子見ですね)
そういえば、と 僕は爆弾が大量に入った荷物を慎重に持ち直しながら、目の前を歩くシオカラさんに話しかけた。
「ツクダニさん一人で置いてきちゃったけど、大丈夫でしょうか」
「ん?大丈夫でしょ、もう大人だし動けない程ってわけじゃないんだから」
こちらを振り向きもせず、さらっと答えるシオカラさん。
ツクダニさんが異様に過保護な一方で、シオカラさんは大分放任主義だ。そういう冷たい言いぐさも信頼からだ、と僕は思っているけれど。シオカラさんがそれを意識して言っているかはわからない。
一見突き放しても聞こえるシオカラさんの言葉に、僕は少し笑った。
「いつもはツクダニさんがお父さんみたいなのに、なんだかシオカラさんの方がしっかりして見えますね。」
何気なくそう口に出すと、今まで歩き続けていたシオカラさんがぴたりと足を止めた。
思わず続いて足を止める。不審に思って様子を伺おうとするも、生憎こちら側からではシオカラさんの顔は見えなかった。
「シオカラさん?」
「……普通のおとーさん、って あんな感じなのかな。子供の事心配して、守ろうとして」
「え?」
ややあって、シオカラさんがぽつりと呟いた。
「ツクダニが私の事子供みたいに思ってるなら、有難迷惑な話だね。勝手に情持って挙句身代わりになんかなってさ」
ツクダニはただの飯炊きだよ。お父さんなんかじゃない。と、
いつもと変わらないトーンで、嘲笑うように、愛しむようにシオカラさんは言った。こちらを向かないまま、俯いて語るシオカラさんの顔は、残念ながら見えなかった。
何かを口に出そうと、シオカラさんに手を伸ばしかけたその時。ランプの火が不自然に揺らぐのを感じた。はっと気配を感じて顔を上げる。
「シオカラさん、来ましたよ!」
無防備に突っ立っているシオカラさんに向かって、勢いよく滑空してくるドラゴン。
慌ててマントを翻し札を構える。
僕の声に、自分に迫るドラゴンに気が付いていたのか、シオカラさんはさっきのしおらしい雰囲気はどこへやら。不敵に口元を歪めると斧を構え、気合を入れるように声を上げた。
「さー、おいでなすった!」
ドラゴンを引き付けて、斧を勢いよく振るう。
大振りに振るわれた斧は、咄嗟に回避行動を見せたドラゴンの鱗を掠め呆気なく宙を斬った。
意外と動きも素早いみたいだ。
回避したことで変わった進路を計算し、真横を通り過ぎるドラゴンに向かって、攻撃の札と爆弾を同時に放った。
攻撃の札によって起爆した爆弾がドラゴンの前で爆ぜ、一瞬洞窟内に綺麗な火花が散った。同時に、爆風と熱にやられたドラゴンが悲鳴をあげる。
爆発に驚いたドラゴンは、鍾乳石にぶつかりながら天井へと逃げていった。しかし鱗へのダメージは少なそうだ。
「丈夫ですねぇ。急所を狙わないと駄目そうです」
「硬くてこの斧じゃダメージも与えられないしね。ちょっと小松菜取ってくるから、ソルトさんはドラゴンを引き付けてて!」
そう言うなり駆け出すシオカラさん。小振りとはいえそれなりに重さのある斧を担いで、足場の悪い洞窟内を疾走していく。
ドラゴンが高く吠えた。甲高い鳴き声が洞窟内にわんわん反響して思わず耳を塞ぐ。
そのまま吠えながら、ドラゴンは狂ったように鍾乳石に突撃を始めた。岩の砕ける音がして、大きなつららのような岩が無数に降ってくる。
慌てて避けながら、暫くして岩の落下するタイミングに僅かな違和感を覚えた。
こいつ正気を失っている訳じゃない?
避けた先、まるで僕の退路を断つように岩が降ってくる。
「くっ!」
避けきれない。
岩に潰される寸前で立ち位置入れ替えを使い、何とか回避する。着地した瞬間降ってきた岩が鞄を掠め、大量の爆弾が地面に散らばった。
「あ、やべ」
この数をここで起爆されると僕が危ない!
僕の懸念をよそに、降り注いでいた石がぴたりと止まった。
天井を見ると、鍾乳石にしがみついたドラゴンが一点を見つめ、羽を大きく広げて一直線に滑空するところだった。
その落ちる先にはシオカラさんがいた。