少し長いもの
私は一応戦う事を仕事にしている。
勿論遠征で怪我だってするし、探索で死にかけた事だって、人が死ぬとこだって見た事ある。
自分の怪我はもちろん、ツクダニやソルトさんや、仲間が怪我した時だって何とも思わなかったのに。
ツクダニがドラゴンにやられそうになったあの時。
自分の内臓が抉られるような気持ち悪い感じがした。あんな感覚初めてだ。
無事家についてから一週間、私達はこの世界にある「魔法の力」でほぼ全快していた。
一番重傷だったツクダニも、発熱で数日間寝込んだものの今は収まり、取れかけていた腕も一応動かせるようになっていた。
魔法って便利だね。力が強ければ怪我だって一瞬で治るし、蘇生だって出来るし。これもカナデさんが各方面に頼み込んでくれたおかげだ。
これくらいの怪我戦時中じゃ珍しい事でもないし、いつもなら治ってからまたリベンジすればいいや。で済んだのだけど。
あの日からツクダニの様子がおかしくなった。
ソルトさんの話だと、ツクダニはここ数日ろくに寝ていないらしい。やっと寝付いても、すぐに魘されて起きてしまうのだと。
思えばご飯もあまり食べていない。
私達の前ではいつものように振る舞っていても、壊れかけているのは明らかだった。
数日ぶりにツクダニが寝付いたのを確認すると、私とソルトさんは居間で静かに話を始めた。
「…会った時と同じだなぁ」
ツクダニの近況を聞いた後、ぽつりと一人言をこぼした。
ご飯を食べようとせず、眠りにもつかず、今にも増して無口だったあの頃のツクダニを思い出す。壁に寄りかかって俯いていたソルトさんが、沈んだ様子で視線だけをこちらに向けた。
「原因はなんでしょう?」
「んー、やっぱあの枷かなー」
ツクダニの左腕と一緒に砕かれた鉄枷。あれはツクダニがこの世界に来る前からつけている物だった。
いつも肌身離さずつけているから余程大事な物なのか、もしくはそういう趣味なのかくらいに思って、つけている理由も聞いたことなかったけど。
私は少しだけ、ツクダニが寝ているだろう部屋のドアを見た。
下ろしていた腰を上げ、壁に立てかけてあった小振りの斧を手に取る。
「シオカラさん、どこに行くんですか?」
玄関に向かおうとしたところで、ソルトさんに腕を掴まれてしまった。
「ちょっと散歩に」
「嘘つけ。待ちなさい。勢いだけで行動して、またやられる気ですか?」
真剣な声でそう諭され、私は少し考えてから腕の力を抜いた。
落とした視線をあげると、らしくもなく真っ直ぐに私を見つめる翡翠の瞳があった。ああ、これはあれだ。
『怪我をするな』
いつだかツクダニに言われた言葉を思い出して、ソルトさんと重ねた。
「…ごめん、ついて来れないっていうなら抜けていいよ」
「シオカラさん」
「でも、このまま引き下がるのは気が済まない」
確かに、他の人に鉄枷の欠片や、置いてきてしまった小松菜の回収を頼む方が確実だろう。
ドラゴンだって強い人に任せちゃえばいい。遠征の時だって、自分の手に余る人はそうしてきた。
でも今回は訳が違う。何が違うのかはわからないけど
「…勝てると思いますか?」
「私は、私達なら倒せると思ったから行ったんだ。今度は絶対倒す」
「…、……わかりました。サポートします」
翡翠の目を見返してそう言えば、ソルトさんは暫くして、諦めたように溜息をついた。
いつものように朗らかに微笑んで、私の肩にそっと手を置く。
「今度は冷静な指揮、お願いしますね。」
頼りにしています、隊長。と
嫌味でも脅しでもなく、ただ力強い声で言われた。
肩に重くのしかかるようなその言葉は、割と心地が良かった。