ちょっと長いもの
<シオカラ視点>
「あっシオカラさん!待ってくださーい!」
遠征を終え、報酬を受け取るついでに社付近や訓練所をブラブラしていると、聞き覚えのある声に名前を呼ばれた。
足を止め、声のした方を見てみると、鎧に身を包んだ少女…カナデさんの姿が目に映った。
今まで走り回っていたらしい。カナデさんは額に汗を滲ませながら私の元に駆け寄ると、小さく溜息をついて立ち止まった。
「シオカラさん、丁度いいところに!今お暇ですか?」
「うん、暇だけど。またレナちゃんでも探してるの?」
「はい、そうなんです……あっ、シオカラさんに話しかけたのは別件ですけど」
担いでいた斧を下して首をかしげると、カナデさんは仕事の時のように表情を引き締めながら口を開いた。
「実は、近くのダンジョンにちょっと達の悪いドラゴンが出たらしいんです。」
カナデさんの話を要約すると、
そのダンジョンは、大した宝はない代わりに強いモンスターも出てこない。
所謂初心者向けのダンジョンで、傭兵になったばかりの人やたまに鉱石を取りに一般の人が利用していたらしい。
そこにいつの間にかレッドドラゴンが住み着いてしまい、最奥に足を踏み入れた人を暗闇に乗じて襲っている。との事だった。
私もよく通ったなー。確か奥の方につらら石がびっしりなった広い空間があったはず。
あそこなら水も滴ってるし、定期的に餌が自分の方から来てくれるなら住めなくもないね。
「レナを探してる途中で相談をされて…報酬の方はナギ様に話を通しておくので、シオカラさん退治してきてくれませんか?」
そういえば、レッドドラゴンって自分の手で倒したことないな。
ダンジョンに行くときはいつも傭兵を雇っていて、初めてレッドドラゴンと対峙した時もさほど苦労しなかったのを覚えている。
お願いします、と拝むように両手を合わせるカナデさんに、私は大きく頷いた。
「オッケー、任せて!」
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「と、いう訳なんだよ」
「はぁ」
成り行きを説明し適当に締めくくると、後方からソルトさんの気のない返事が返ってくる。
思い立ったが吉日。私達我が家の食卓部隊は例のダンジョンへと足を踏み入れていた。
途中モンスターに出くわしたりトラップに引っかかったりしながらも、足場の悪いじめじめした洞窟内を順調に進んでいく。
ただ後ろからついてくるツクダニとソルトさんは、私ほど元気でもないみたいだ。まあ、遠征の終わった数日後にいきなりドラゴン退治に駆り出されれば、そうなる気持ちもわからなくもないけど。
そう思いながらも私は足元をランプで照らしながら進んでいった。
「それにしてもレッドドラゴンか…俺達だけで倒せるのか?」
今まで黙っていたツクダニが何気なく問う。
「大丈夫だと思うよ。私達も前より力もついてるし実践も積んでるでしょ」
「まあ、そうですね。依頼されたのもそれなりに認められてる証拠ですし、頑張りましょう」
ほら、とソルトさんの一声で前に向き直ると、狭い通路から一転して広い空間に出た。
どうやら最奥に辿り着いたようだ。
ごつごつした岩肌を踏みしめる度に足音が間を置いて反響し、遠くから水滴が落ちる音が聞こえてくる。
ランプの灯りがあたりを橙色に照らし、天井の鍾乳石をぼんやりと浮かび上がらせた。
薄暗くてよく見えないけど、確かに、どこからか大きな物が呼吸している気配がする。
「ドラゴンは…」
「襲うタイミングを見計らってるんだろうね。とりあえず奥まで行ってみよう」
緊張感を気取られないよう、いつも通りに歩を進めていく。
入口から遠ざかると、地面に血の付いた武器や防具が転がっているのが見えた。多分ドラゴンにやられた人達のものだろう。
時々ダンジョンで拾う武器ってモンスターにやられた人の落とし物なのかな。なるほどー、それならコモンや粗悪品ばっかなのも納得出来る。
場違いにそんな事を考えながら歩いていると、ふと頭にパラパラと砂が落ちてきた。足を止めてぼんやりと上を見上げる。
ランプの火が不気味に揺らぎ、ごう、と風を巻き込みながら何か大きな物が天井から落ちてきた。
「って真上から!?」
「シオカラ!!」
揺らめくランプの灯りに照らされて、鱗が赤く煌めく。目的のレッドドラゴンだった。
油断した!
ランプを手放し、頭上に迫るドラゴンに向かって咄嗟に小松菜を構える。
小松菜から火花が散り、力負けして弾かれた。慌てて体制を建て直し地面に足をつくと、間髪入れずにドラゴンの尾が飛んでくる。
「ぃっ!?」
地面から足が離れ、身体が数回地面打ち付けられると、壁に激突して止まった。
みしりと骨が軋み、打ち付けた頭がくらくらする。
遠くでツクダニとソルトさんの声を聴きながら無理矢理目をこじ開けると、霞む視界の中、真上にそびえるレッドドラゴンが見えた。
地面に落ちて燻っているランプの火が、ぼんやりとドラゴンを照らす。
金色の目が怪しく私を映し出した。
ぞわり、と背中から何かが駆け上がる。
頬が自然と上がり、身体に熱が籠る。
私はそのまま本能に任せて、逸る気持ちで手元の小松菜を握りしめ…ようとした。
「あ、小松菜がない。」
見ると小松菜はさっきの衝撃で手元を離れてしまっていた。
やっばいなぁと、改めて真上のドラゴンを見上げのんきに思う。ドラゴンが嘲笑うように、ぞろりと並んだ牙を剥いた。
「ツクダニさんッ!!」
ドラゴンの牙が迫る。え?ツクダニ?
牙が私に届くその瞬間、私を庇うように横からツクダニが飛び出した。
骨と鉄枷の砕ける嫌な音が耳に届く。ぱたぱたと雨のように血が降ってきて頬を汚した。
左腕を食われたツクダニは、そのまま捨てられるように地面へ転がった。
「ツ…」
「逃げますよシオカラさん!!」
小さく口から洩れた言葉は、珍しく焦ったようなソルトさんの声によってかき消されてた。
その後、ソルトさんの立ち位置入れ替えでその場を離れた私達は、重傷のツクダニを背負ってダンジョンを後にした。
はじめてのドラゴン討伐は、敢え無く失敗に終わったのだ。