<???視点/ガレットの過去/微エロ>
薄暗い建物の中。
貴族の屋敷のように小奇麗な内装は、葉巻の煙で霞み
霧のように覆った煙の向こうでは、女の猫撫で声と男の囁き声が聞こえてくる。
煙の臭いも薬の臭いも、そして噎せ返るような情欲の臭いも、テーシュは嫌いではなかった。
この建物は、とある娼婦がギャングの後ろ盾に作ったものだった。
ここに来た女は店と契約を交わし、体を売り、売り物にならない娘は掃除などの雑用をして、寝床に金、そして安全を得る。店で働く以上ノルマはあるし自由も少なくなるが、力も学もない女が個人で身体を売るよりは、ここで買われた方がお金を踏み倒される事も、強姦された上に殺される事もない。
借金を返す為にと自分の意思でここに来るものもいれば、売られてくる少女達もいる。
先月同室になった「後輩」もそうだったかな、とテーシュは視線を彷徨わせた。
煙が薫る中一際異質な雰囲気を纏ってる少女。
歳は14くらい。白い肌に大きな青いお目目、華奢な身体。
肩口で柔らかく波打つブロンドの髪は、その容姿に相まって、天使のように美しい。
淫らでどこか淀んだ空気の中で、穢れを知らぬようなその容姿は特に目を引いた。
しかしその愛らしい顔も、今は不安げに曇っている。
ここに来たばかりの子は、酒屋も兼ねている一階で給仕をしながら客に顔を覚えて貰い、自分を売りつける。
同じように給仕をしていた彼女にも客がついたらしい。
しかも女達の間で、幼児趣味で鬼畜と有名な嫌な客だ。
自分より何倍も大きい男に肩を掴まれ、怯えたように目を伏せる彼女はさぞ男の加虐心を煽っている事だろう。
「ごめんなさい、ちょっと失礼するわね」
声をかけていた紳士を笑顔だけで軽く振ると、二階の踊場から降り少女に絡む男に近づいた。
ちょっとサービス、と普段は抑えている香りを振りまき、男の肩に手を触れる。
「おにーさん、もうお酒飲み終わった?なら、あたしとあっちで遊ばない?」
にっこり微笑みかければ、男はテーシュの身体を舐めまわすように見た後、あっさり少女の身体から手を離した。
細腰に男の手を回されながら、こっそりテーシュが少女に耳打ちをする。
「ごめんね?お客取っちゃって」
「……あ、えっと…」
何かを言いたげに口ごもる少女にウインクを投げかけ手をひらひら振ると、そのまま部屋へ消えて行った。
少女がじっと青い目を向けているのも気づかず。
*
「あっ、おかえりなさい。テーシュお姉さま!」
夜もとっぷり更けた頃。
少女に絡んでいた悪質な客をでろでろの腑抜けにし、事を済ませたテーシュが自室に戻ると、先程の少女が出迎えてくれた。身綺麗な様子を見ると、あの後お客は取れなかったようだ。
子犬のように駆け寄り、ふわりと花が咲くような笑みを浮かべる少女。
笑顔を返しベッドの上にどっかり座りこむと、猫のように背伸びをする。
戻る前にシャワーを浴びて来たのだろうか。裸体にバスタオルを一枚巻いただけの姿で、気だるげにベッドに腰をかけ、長い脚を組み無防備に太ももを晒すテーシュの姿は、まともな性癖の男なら欲望を抑えきれなかっただろう。
慌てて少女もベッドに向かい、テーシュの髪を整える。
同室の先輩の身の回りの世話をするのも後輩である少女の役目だった。
ミルクティー色の髪に櫛を通し、梳いて行く。まだ湿っている髪はそれでもすぐにさらりと落ち、鎖骨の浮かぶ褐色の肌を隠していった。
「…お姉さま。先程は、その…ありがとうございました」
「いいのいいの。
あのおじさま、女の子に意地悪するって有名だったから、一度お仕置きしておこうと思ってたの」
「ふふ、いえ。でも、ありがとうございました」
テーシュの物言いに安心したようにくすくす笑うと、櫛を動かしていた手を弱める。
「テーシュお姉さまはすごいなぁ…
まだお店に入って半年も経ってないのに、上客がたくさんついてるって聞くし
もうお店の稼ぎ頭だって聞くし、仕事が出来て優しくて…」
「意外。早くお客さん取れるようになりたい?」
「…、……いえ」
声のトーンを下げる少女を見る。
薄い胸に手を当て、ぎゅっと不安げに握る。
「はやく、お姉さまみたいに稼げるようにならなきゃいけないのはわかってるの
でも、わたしはお姉さまみたいに大人っぽくないし…
それに、やっぱりこわいの… …わたしは弱いこでしょうか?」
「いいえ、そんな事ない」
「…お姉さま」
ふわりと柔らかいブロンドが舞い、幼い少女特有の、甘い香りが鼻孔をくすぐる。
首にやわらかく絡みつく少女を優しく受け止め背中を擦ると、少女は小さく声を漏らした。
「…ここに来た時は凄く不安だったけど、テーシュおねえさまといると凄く安心するの
…テーシュおねえさま」
「なあに?」
耳元で名前を囁かれ、甘い声で答えるとテーシュの視界がぐるりと揺らいだ。
安っぽいベッドが音を立てて軋み、シーツに頭を支えられながら、テーシュは大して驚いた様子もなく、覆いかぶさる少女を見上げた。
するりと柔らかい髪が少女の顔にかかり、灯りに照らされてきらきら光っている。ああ、綺麗だなんて呑気に考えながら、ブロンドの隙間から見える青色を見た。
「テーシュおねえさま、わたしに…手ほどきをしていただけませんか」
熱っぽい、濡れた青い瞳で覗き込み、そっと唇を重ねる。
一見、香りに当てられた幼い少女が暴走しているような行動に、テーシュははじめて違和感を感じた。
「今晩だけで、いいから。私に触れて、さわって――わたしをあいして、おねえさま」
ゆっくり、言葉を選ぶように、感情を籠めるように
拙く耳元で愛を囁く少女の、熱に浮かされた奥深くに見える冷めきった感情。
テーシュの香りが影響しきれない強い意思。
娼館に売られ怯えていた、だけなはずの無垢な少女
その可愛らしかった少女から見える、獲物を強かに狙う獣のような目に、テーシュは僅かに胸を躍らせた。
この少女は、魅惑の魔であるテーシュを誘惑し、剰え技術を盗もうと言うのだ。
(面白いこ、あたしを落とす気?)
笑みを深め、少女の白い肌に手を伸ばしするりと顎下をくすぐる。
揺らいだ少女を豊満な胸で抱きとめ、耳元で同じように囁いた。
「ええ、たーっぷり愛してあげる。だから、溺れないでね?
かわいいかわいい――――あたしのガレット」
香りを受けて尚、悪戯気に目を細める少女は、それはそれは天使のように愛らしい。