<パンナ+ラクター/流血あり>
戦闘中、探索に来ていた本部隊と逸れ、山に置き去りになってしまった。
敵は撒いたが、代わりに周りには草木が鬱蒼と生い茂っている。
人が足を踏み入れた形跡はまるでない。獣道だ。
「困りましたねぇ、ガレットさん達どこに行ったんだろう
…大丈夫ですか?ラクターさん」
雑草をかき分けながら、後方のラクターさんに声をかける。
スーツに引っ付く葉を忌々し気に引き剥がしながら、ラクターさんは珍しく愚痴るように言った。
「大丈夫――ではないね。この前仕立て直したスーツがご覧の有様だ。
また仕立屋に顔を出さなくてはいけない。」
「やっぱりスーツ以外に戦闘服用意しましょうよ」
「私にはこれがバトルドレスでね。ともあれ、このまま闇雲に歩き回っても無駄にスーツを汚すだけだ。」
少し待ちなさい、と呼び止められ、立ち止る。
どうやら手持ちのモンスターを呼び出して、現在地を探ってくれるらしい。
本当、一人で逸れなくて良かった。自分一人だったら、数日間はサバイバル生活する事になってただろう。
現に日はとっくに山の奥に隠れようとしている。
大人しく任せた方が良さそうだ。
ラクターさんの動向を見守っていると、森の奥から、微かな葉の擦れる音が聞こえた。風で揺れたとも、鳥が羽ばたいたのとも違う。神経に引っかかった小さな違和感。
ホルダーにしまっていたナイフを静かに抜く。
私の様子に気が付いたラクターさんが、手を止め、横目で辺りの気配を探り始める。
「―――サプライズゲストかな」
「多分。でも、位置が掴めません。気をつけてください。」
洞窟と違って、森の中は気配が多い。
風や草、虫、小動物が発する音に気を乱されながら、必死で敵の位置を探る。
どこから来るかわからない以上、ラクターさんの護衛に行った方がいいかも知れない。
少し離れた距離を縮めようと、足を引いたその時、山風が大きく吹き抜けた。
それに混じって聞こえる、静かに雑草を掻き分け駆け寄ってくる音。
「―――ラクターッ!」
早い。間に合わない、逃げて。
声に反応し、ラクターさんが羊皮紙を出す。だが一歩遅かった。
草陰から飛び出したオルガルンに背後を取られ、地面に引きずり倒される。
駆け寄る隙も与えられず、肩に激痛が走る。
「!? こ、ッの!」
肩に食いついたオルガルンを切り付け、振り払い、駆け寄る。
3体のオルガルンに群がられ、ラクターの姿は見えなかった。
ドッと心臓が高鳴り、衝動のままラクターに食いついているオルガルンの背に飛び乗る。
「離せ!!」
飛び乗った勢いで脊椎にナイフを深く突き立てると、鋭く鳴いて暴れ始める。
針金のように固い毛を掴み、ナイフを押し込む。もっと奥深く、深く。
仲間の悲鳴に反応したオルガルンがラクターから口を離したところで飛び降り、ナイフを振るって距離を取らせた。
ナイフを突き立てた一体が崩れ去り、残ったオルガルンが身を低くする。
唸り声と睨み合いを続けながら、足元のラクターさんを盗み見た。
ああ、これは。
「…ラクターさん、ラクターさん…!」
さっと見ただけでもわかる。首も、腹も、腕もずたずた。
心臓が嫌な音を立て、呼吸が浅くなる。
足先まで血が引いて、体がどんどん冷たくなる。目の前が遠くなりそうだ。
ナイフの先を小さく震わせながら、小声で名前を呼んだ。
「―――…」
ごぷりと血が溢れる音と共に、小さく呼吸音がする。
まさかこんな傷で――ああ、そうか。
ラクターさんの身体は模倣したものだから、物理ダメージはそんな問題にならない、んだっけ?
指先に体温が戻って来る。安堵から来た震えで足元が崩れそうになるのをぐっと堪え、小さく息を吐きだす。
どうやらラクターさんは、肉体の損傷が激しくてすぐには動けないようだ。
流石に身体を全部食わせる訳にもいかない。何とかしてこの場を切り抜けないと。
すう、と呼吸を整えて、腰を落としナイフを構える。
「ラクターさん、そこ、動かないでくださいね」
草陰に隠れた殺気。
身に走る緊張感に確かに昂りを感じながら、冷めた頭で考えた。
―――アイツらどうしてくれようか。